使途不明金がある場合(どのような裁判手続を用いるか?)

Q 亡くなった母の通帳に,多額の出金履歴があります。長男が母の預金口座を管理していたので,長男が引き出して使ってしまったのではないかと思われますが,交渉をしても長男と折り合いがつきません。
  このような問題も,ほかの遺産相続の問題と一緒に,家庭裁判所の遺産分割調停で解決することができますか?

 

A 原則として,被相続人の預貯金口座から引き出された使途不明金は,遺産分割とは別に,地方裁判所の民事訴訟で解決すべきとされています。そうすると,いま残っている遺産の分け方については家庭裁判所の遺産分割調停で,使途不明金については地方裁判所の民事訴訟でという形で,別々の2つの事件を進めることが本来の形になります。

 ただし,①遺産分割調停のなかで話合いを進めるなかで使途不明金の存否・金額について相続人全員で合意することができた場合や,②民法906条の2第1項・第2項が適用される場合(つまり,被相続人の死亡後に出金がなされ,かつ,出金者以外の相続人で合意することができた場合)には,家庭裁判所の遺産分割調停・審判で,ほかの遺産相続の問題とまとめて解決することが可能です。

 弊所で多く扱っている遺産分割調停事件では,使途不明金の問題も併せて解決することができる場合が多いです。

 

1 原則:地方裁判所における民事訴訟によるべき

 遺産分割の対象としての「遺産」の範囲に含まれるためには,少なくとも「遺産分割時に現存する相続財産」であることが必要とされていますが,被相続人の預貯金口座から不正に出金された金員はこれに当たりません。
 したがって,原則として,遺産分割の調停・審判では解決できず,地方裁判所で民事訴訟を提起すべきであるとされています(京都家庭裁判所舞鶴支部審判平成21年11月10日・判例秘書登載)。もっとも,いかなる場合にも調停・審判での解決ができないわけではありません。

 

2 例外①:共同相続人全員の合意がある場合

 実務上,共同相続人全員で,使途不明金の存否・金額について協議がまとまり,これを遺産分割の対象とする合意ができた場合には,遺産分割調停・審判によって,使途不明金問題を解決することができます(出金日が被相続人の生前のものであるか,死亡後のものであるかを問いません。)。具体的には,家庭裁判所の遺産分割調停のなかで,使途不明金の存在を指摘し,この調停・審判手続の中で話合いをしたいということを片方の当事者が述べ,もう一方の当事者(引き出した当事者)が,種々の説明をすることで,協議が進むのであれば,遺産分割調停の中で解決することも可能になります。

 しかし,実務上,遺産分割調停の中で相当回数の期日を開いても合意が得られそうにない場合には,使途不明金を協議事項から切り離して,民事訴訟に委ねる運用がなされています。遺産分割の調停・審判手続は,基本的に「いま残っているもの」を分ける手続であって,「残っていないもの」についての解決を調停で行うためには,あくまでも,全員の同意があるときや,次の②のような場合に限られるということになります。

 

3 例外②:上記以外で遺産分割調停・審判で解決することができる場合(死亡後の出金)

 民法の相続に関する規定が令和元年7月に改正された後,死亡後の出金に限っては,不正に出金した相続人以外の相続人全員で合意ができれば,これを遺産分割調停・審判で解決することができる場合があります。細かい法律上の要件は下記のとおりになります。

①相続開始後から遺産分割前に,遺産に属する財産が処分されたこと(そのため,被相続人の生前に不正な出金がなされた場合には,民法906条の2は適用されません。)

②処分した相続人(長男)を除く共同相続人全員の同意があること

民法906条の2は,令和元年7月1日に施行されたため,これより前に相続が開始した場合には適用されません

 なお,上記要件はあくまで預貯金を引き出した人(「処分者」)を認定できることが前提となっています。そのため,預貯金を引き出したと思われる相続人が引き出したことを否認し,客観的に処分者を認定できない場合には,たとえ他の共同相続人の合意があっても,民事訴訟による解決に委ねられるという点は注意が必要です(片岡・菅野編「家庭裁判所における遺産分割の実務」第4版(日本加除出版,2022)79頁)。

 また,たとえ上記の要件を満たしても,不正出金された預貯金のほかに遺産分割の対象とすべき財産(本来的に「遺産」に当たる財産)がほぼ存在しないような場合には,やはり民事訴訟による解決が求められると考えられます。

 

4 実務上の対応

 以上のとおり,使途不明金の問題を解決するには,民事訴訟による場合と,遺産分割調停・審判による場合とが考えられます。多くの場合,さしあたって,家庭裁判所の調停のなかで全体を話し合うところからスタートし,そのなかで状況を判断することが多いですが,調停で解決できるのは,上記のような場合に限られることに注意して進める必要があります。

 どのような進め方を選択するかという点については,解決に要する時間,柔軟な解決をする必要性,同意を得ることの見込み等から判断されます。使途不明金問題を解決するため,いかなる手続を選択すべきかについては,専門的知見を要する上,調停を選択したとしても,審判移行の可能性を見据えて早い段階から詳細な主張立証を検討する必要があります。使途不明金問題にお困りの場合には,弁護士までお気軽にご相談ください。

 

5 備考

 民事訴訟を選択した場合,「具体的相続分」を前提とした判断を求めることが難しく,被告側は「法定相続分」の限度で請求を免れうるという点は要注意です。

 たとえば,長男(法定相続分2分の1)が亡母から生計の資本として多額の生前贈与を受けており,具体的相続分がゼロである状況で,亡母の死後にさらに1000万円を不正出金したケースを想定します。このような場合に,長男に対して民事訴訟を提起しても,長男に「具体的相続分」がないことは考慮されず,むしろ「法定相続分」2分の1の持分を有することが前提とされてしまい,500万円(1000万円×2分の1)の限度では返還義務を負わないという結論になりえます(民法906条の2は,このような事態に対応するために創設された規定でもあります。)。
  法務省HP掲載資料:https://www.moj.go.jp/content/001263486.pdf