預金名義が異なっても遺産となりうるか?

Q 質問

 遺産であるのかどうかは,「預金通帳」の名前で判断されるのでしょうか。

 「名義預金」(めいぎよきん)という言葉を聞いたことがあるのですが,どのような意味でしょうか。

 

 

A 回答

 

 遺産であるのかどうかは,「預金通帳」の名前だけで判断されるわけではありません。

 預金通帳の名前(預金名義)は,子や孫であっても,特に実質的な預金者が,故人(被相続人)である場合は,相続財産であり,遺産分割の対象となる場合が十分あります。

 総合的な判断となる場合もありますので,弁護士にご相談ください。

 

 以下説明します。

 

●預金者を定める基準

 そもそも預金者が誰であるのかを定める基準には争いがあります。

考え方としては,

① 自らの出捐(注:自らお金を出してという意味です)によって、自己の預金と する意思で自ら又は代理人・使者を通じて預金契約をした者を預金者とする考え方,

② 預入れ行為者が他人のための預金であることを表示しない限り、預入れ行為者を預金者とする考え方

③ ①と②の折衷説

があります。

 

 要するに,①預金の原資を出した人が預金者であると考える考え方と,②銀行などにお金を預け入れて預金とするなどの行為(預入れ行為)をした人が預金者であるという考え方と,③その折衷説があります。

 

<判例>

それでは,判例はどうなっているのでしょうか。

① 「無記定期預金」については,預金の原資を出した人が預金者であると考えられています(最高裁判所昭和48年3月27日判決・民集27巻2号376ページ)

② 「記名式定期預金」についても,預金の原資を出した人が預金者であると考えられています(最高裁判所昭和52年8月9日判決・民集31巻4号742ページ)。

 

③ 普通預金の場合の問題点 

 上記のとおり,定期預金は,原則として,預金の原資を出したのがだれなのかということにより,預金者が誰なのかを判断しますが,普通預金の場合は,そのように考えづらい面が有ります。

 なぜかといいますと,普通預金は,定期預金と違って,いったん預金して口座を開設すると,以後は預金者がいつでも自由に預入れ,払戻しをすることができる「継続的取引契約」であり,口座に入金があるたびにその額についての金銭消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預金債権は,口座に既に存在する預金債権と合算され,一個の預金債権として扱われるものです。このような性質を有する普通預金について,預金者を確定するに当たって,ある特定の時点での口座残金についてその出捐者を確定するということは困難な場合があり,そのため,定期預金の場合と同じように考えることに違和感が生じます。

 

~普通預金の名義人に関する最高裁の判断(ただし事例判決)~

 最高裁判所平成15年2月21日判決・最高裁判所民事判例集57巻2号95ページは,損害保険代理店が保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で開設した普通預金口座の預金債権が損害保険会社にではなく損害保険代理店に帰属するとされた事例です。

 この判決は,損害保険会社Aの損害保険代理店であるBが、保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で金融機関に「A代理店B」名義の普通預金口座を開設したが、AがBに金融機関との間での普通預金契約締結の代理権を授与しておらず、同預金口座の通帳及び届出印をBが保管し、Bのみが同預金口座への入金及び同預金口座からの払戻し事務を行っていたという判示の事実関係の下においては、同預金口座の預金債権は、Aにではなく、Bに帰属する,と判断しました。

 少なくとも,上記の判断は,定期預金の場合のような判断手法(預貯金の原資を出した者が預金者だという考え方)はとっていないと考えられます。

※金融機関などの本人確認義務が厳格になっていることの影響

 また,近時は,「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」(平成15年1月6日施行。ただし,平成20年3月1日,犯罪による収益の移転防止に関する法律の全面施行に伴い廃止)以後,金融機関において,本人確認がしっかりと行われるようになっていますので,今後,定期預金の帰属について客観説を採る考え方がそのまま維持されてゆくのかは,検討が必要となろうと思われます。

 

  • <重要>遺産分割,慰留分侵害額請求などの事案において,預貯金名義のとおりの預金者としてよいのかどうかを争う場合に行うべきこと

 

 いずれにせよ,遺産分割,慰留分侵害額請求などの事案において,預貯金名義のとおりの預金者としてよいのかどうかを争う場合には,近時の裁判例の流れを受けて,

① 預金の原資を出したのは誰か(お金の流れ)

② 預金を管理運用していたのは誰か(印鑑・通帳の保管者は誰か,出し入れをしていたのはだれか)

③ 名義人と故人(被相続人)との関係

④ 名義預金(問題となる預金)が開設された経緯

などをお聞きして,主張・立証を組み立てる必要があるといえます。

 

 また,この中で非常に重要なのは,やはり,①の預金の原資を出したのはだれかということですので,どの通帳(誰の通帳)から資金が引き出されて,問題となる通帳開設に使われたのかなどの,お金の流れの解明が必要です。

 ただ,ここで,お金の流れがわかっても,それは,故人(被相続人)が贈与をしてくれた現金であり,したがって,問題となる預貯金の原資を出したのは受贈者(贈与を受けた者だ)という場合もありますので,そのような事情が有る場合は,譲与契約書の存否,贈与の動機,贈与税の申告をしたか否かなどの事情をさらにお聞きすることになります。

 いずれにせよ,預金の帰属は,名義のみによって決まるとまではいえませんので,労力との対比になりますが,金額の大きな預貯金などが,本来遺産であるはずなのに,ほかの相続人の名義となっており,遺産分割の対象外とされているなどの事情がある場合は,一度ご相談ください。