遺産分割前の預貯金債権の利用

 ある人が亡くなった場合、残された家族が生活費や葬儀費用をまかなえなくなったり、相続債務の返済に追われたりする等、相続人が喫緊の支出に対応できず困窮することがありえます。こうした事態への対応策として、被相続人の預貯金債権の一部を払い戻し、支出に充てることが考えられます。

1 預貯金債権の一部については単独で行使できる

 近年の判例上、相続された預貯金債権は、遺産分割の対象となるとされています。そうすると、相続人は、遺産分割前の時点では、自らの意思で被相続人の預貯金債権を払い戻すことは一切できないとも思われます。

 しかし、平成30年民法改正により、各共同相続人は、相続された預貯金債権のうち、その債権額の3分の1に当該共同相続人の相続分を乗じた額については、これを単独で払い戻すことができることとされました(民法909条の2。ただし、法務省令により、1つの金融機関から払い戻せる金額は150万円が上限とされています。)この規定により、相続人に当たる者であれば、相続人全員で遺産分割協議が整う前においても、相続された預貯金債権の一部を自らの意思で行使することができます。

 この場合,特に資金の使途は問われませんので,①当座の自らの生活資金,②遺産に属する不動産の補修,③相続税の納税資金,④各自の弁護士・税理士の費用に充てることも,もちろん,できます。

2 遺産分割の取り分に影響する

 もっとも,相続人が払い戻した金額は、遺産の一部分割により取得したものとみなすとされています。つまり、上記規定によって相続人が遺産分割前に払い戻した分の金額については、被相続人の遺産から自分の利益を得ているわけですから、その分だけ以後の遺産分割における自分の取り分が減少してしまうということです。

3 家庭裁判所の関与による保全処分

 上記では家庭裁判所が関与しない場合を説明してきました。この制度とは別に,家事事件手続法に基づく「保全処分」として,預貯金債権の仮分割の仮処分を行うという方法もあります。これは,家庭裁判所に申立てを行うことにより,裁判所の判断を経て,預貯金の一部分割が認められるというものです。

 この場合は,裁判所に対し,そのような仮の分割を必要とする必要性を疎明し,それが認められる必要があります。典型的には遺産に大規模な不動産があり,その修繕費を要する場合等が考えられます(これには,特に金額的な上限額はありません。)。