労災事故

1 安全配慮義務とは

 労働契約法5条は,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と定めています。これは,それまで判例上認められていた「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義側上負う義務」(最高裁昭和50年2月25日判決参照)としての生命身体等の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を明文化したものです。

 その内容としては,例えば,労働安全衛生法(労安衛法)に定められた,以下のような義務がその一つです。

① 安全管理体制の構築
 職場の規模に応じて,一定の規模の職場では,安全管理者や衛生管理者,産業医等を設置しなければいけません。

② 労働者の危険又は健康障害を防止するための措置
 厚生労働省令により定められた,危険や健康障害を防止するための措置を取らなければなりません。

③ 機械等並びに危険物及び有害物に関する規制
 特に危険な作業を必要とする機械(特定機械)等については,輸入時等に検査を受けることが義務付けられています(労安衛法38条)。特定機械等以外の機械でも,労働者に危険を生ずるおそれのある機械などについては,その譲渡や貸与に制限が付されています(労安衛法42条,43条)。また,事業者には,一定の機械について定期的に自主検査を行うことが義務付けられています(労安衛法45条)。
 労働者に重大な健康障害を生ずる物質のうち,通常の手段によってはそのような健康障害の発生を完全には防止できないものについては,製造,輸入,譲渡,提供,使用が禁止されています(労安衛法55条)。これに至らない場合でも,労働者に危険または健康障害を生ずるおそれのある物質は,その製造に厚生労働大臣の許可が必要であったり,その容器に有害性を表示することが義務付けられていたりします(労安衛法56条,57条)。

④ 労働者の就業に当たっての措置
 労働災害を防止するためには,労働者自身がその業務に含まれる危険性・有害性を了知し,適切な対応方法を熟知した上で作業に臨むことが重要です。そこで,事業者には,労働者が従事する業務に関して必要な安全衛生教育を行うことが義務付けられています(労安衛法59条)。

⑤ 健康の保持増進のための措置
 労安衛法上,事業者には,労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を課されています(労安衛法66条)。事業者は,健康診断の結果に基づき労働者の健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴取し,必要があるときは,労働者の就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮,深夜業の回数の減少等の措置を講じなければなりません(労安衛法66条の5)。
 また,過労による危険を防ぐため,週40時間を越える労働が1月あたり100時間を超え,かつ疲労の蓄積が見られる労働者が申し出たときは,事業者は,医師による面接指導を行わなければなりません(労安衛法66条の8,労働安全衛生規則52条の2)。それ以外の労働者についても,長時間の労働により疲労の蓄積が見られる者や,健康上の不安を有している労働者などについて,事業者は医師による面接指導またはこれに準ずる措置を取らなければなりません(労安衛法66条の9)。

 しかし,行政法上の「安全基準や衛生基準は,使用者が労働者に対する関係で当然に負担すべき注意義務のうち,労働災害の発生を防止する見地から特に重要な部分にして最低の基準を公権力をもって強制するために明文化したものにすぎないから,これらの基準を遵守したからといって」(関西保温工業ほか1社事件 東京地裁平成16年9月16日判決等)安全配慮義務を免れるものと解することはできないと解されています。そのため,法律上具体的に明示された義務を果たすだけでなく,職場の具体的状況を踏まえて,労働者の生命,身体等の安全確保のために必要な措置を取ることが必要です。

2 労災事件(労働者からの請求)への対応

 労働者が業務上負傷した場合,使用者は,労働基準法に基づく災害補償の義務がありますが,労働者災害補償保険法等により,労働基準法の災害補償に相当する給付が行われる場合においては,使用者は,労働基準法の補償の責を免がれます(同法84条1項)。さらに,労働者災害補償保険法等により給付がなされた場合は,同一の事由については,その価額の限度において,民法による損害賠償の責任を免れることができます。
 そのため,使用者の責任は,基本的には労災保険等によってカバーされることになります。
 しかし,使用者に安全配慮義務違反がある場合,労働者災害補償保険法等によって補償されない部分,例えば,慰謝料等について,民法上の損害賠償責任が残ります。そのため,労働者からの請求への対応が必要となります。

3 行政訴訟への対応

 また,労災保険法による給付の有無・金額は,労働基準監督署長が判断し,労働者において不服がある場合には,審査請求の後,行政訴訟へと進むことになります(なお,労働者は,審査請求後に再審査請求をすることもできます。)。
 この中で,行政機関や裁判所により示された判断は,使用者に対する安全配慮義務違反の有無の判断でも,大いに参考とされます。
 一方,行政訴訟においては,使用者は,労災認定により労働保険料率が上昇する場合,行政庁側で「補助参加」し,主張や証拠を提出することで,自らに不利な判断が出ることを避けるようにすることが可能です(最高裁平成13年2月22日決定)。
場合によっては,自らに不利な判断を避けるために,補助参加を検討する必要があるかもしれません。
 その場合,何をすべきかは,事案や時期により異なりますので,早めに弁護士に相談ください。