適正な対価なき財産譲渡についての議会の議決の有無についての判断

今回紹介する判例は,最高裁判所平成30年11月6日判決(判例タイムズ1458号77ページ等)です。
この事件は,広島県大竹市(以下「市」といいます。)による市有地の譲渡について,市民らが,当該譲渡は地方自治法237条2項にいう適正な対価なくしてされたにもかかわらず,同項の議会の議決がないことなどから違法であるとして,当時の市長に対して損害賠償請求をすること等を求めた住民訴訟です。

1 事実関係
(1)譲渡の経緯
市は,市所有の土地(以下「本件土地」という。)について,学校を統合して本件土地のある地区に移転することに関連し,本件土地を住宅地とする計画を表明しました。
本件土地の売却については,2回一般競争入札に付されたが申込みはなく,その後に実施された公募においては大幅に減額された予定価格を下回る応募しかなかった上,その応募も撤回されました
その後,市は,本件土地について4回目の売却手続を行うこととし,不動産鑑定士から,鑑定評価額を7億1300万円とする鑑定書の提出を受けました。市は,事業実施者を公募し,予定価格を3億3777万8342円としたところ,A社らから3億5000万円で応募があり,市長は,市を代表して,市議会の議決を得ることを停止条件として,本件土地を同額で譲渡する旨の仮契約を締結しました。
(2)議会の審議
市は,譲渡価格が適正な対価という認識の下に,地方自治法96条1項8号(一定の財産処分を議会の議決事項とする)の委任を受けた条例に基づき,本件土地をA社らに対し3億5000万円で売り払う旨の議案を市議会に提出しました。市は,委員会において,本件土地の鑑定評価額が7億円であること,予定価格が3億3777万8342円であること等を説明し,同委員会は,本件議案を可決する議決をしました。
市議会は,本会議において,委員会の審査報告を基に,本件土地の鑑定評価額と譲渡価格の差異についての発言等を含む質疑・討論を行い,本件議案を可決する議決をした。
2 本判決の概要
 最高裁は,地方自治法237条2項の議会の議決があったか否かという点に関し,その趣旨が,適正な対価のない財産譲渡等により,自治体に多大の損失が生ずるおそれや特定の者の利益のために財政の運営がゆがめられるおそれがあるため,その必要性と妥当性を議会において審議させ,議会の判断に委ねることとした点にあるとしました。
そのため,議決があったというためには,財産の譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上で議決がされたことを要する(最高裁17年11月17日判決(以下「平成17年判例」といいます。)を引用)としつつ,上記の趣旨を踏まえて「譲渡等が適正な対価によるものであるとして…提出された議案を可決する議決がされた場合であっても,当該譲渡等の対価に加えてそれが適正であるか否かを判定するために参照すべき価格が提示され,両者の間に大きなかい離があることを踏まえつつ当該譲渡等を行う必要性と妥当性について審議がされた上でこれを認める議決がされるなど,審議の実態に即して,当該譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上これを認める趣旨の議決がされたと評価することができるときは,同項の議会の議決があったものというべきである。」という枠組みを示しました。
そのうえで,本件について,①委員会での市の説明や本会議での議員発言等に照らして,鑑定評価額と譲渡価格との間に大きなかい離があることを踏まえて審議がされたといえること、②議会においては、学校の移転統合までに、防犯や児童生徒の安全のため、当該土地が住宅地とされる必要がある旨の意見があったところ、2回の一般競争入札やその後の公募を経ても当該土地を譲渡することができず、更にその後行われた公募により譲渡先である事業実施者が選定されたという経緯を踏まえて審議がされており,適正な対価によらずに譲渡をする必要性や妥当性に係る事情が審議に表れていたことなどをふまえ,地方自治法237条2項の議会の議決があったということができるとしました。

3 コメント
地方自治法237条2項は,普通地方公共団体の財産は,条例又は議会の議決による場合でなければ,適正な対価なくして譲渡し,貸し付けてはならない旨を規定しています(地方自治法96条1項6号でも議会の議決事項として規定しています)。
本件で引用された平成17年判例は,町有地から砂利を無償で採取した会社との間で,その後に町が対価の支払について合意し,その後,これについての補正予算が可決されたことをもって議決があったといえるかが争点で,譲渡そのものについての議案が可決された事案ではありませんでした。
一方,本件においては,地方自治法96条1項8号及びこれに基づく条例により,譲渡の対価が適正であるか否かにかかわらず,議会の議決を要する場合であり,実際に,財産の譲渡の前に個別の議案が提出された上,これを認める議決がされていたもので,いわば,承認の形式・整理方法の相違に過ぎないともいえる事案でした。

原審は,市長が適正な対価による譲渡として議案を提出したこと,売却額が「適正な対価」でないこと等を議員が審議の前提としていないといった形式面を重視して,本件譲渡議決が地方自治法237条2項の議会の議決に当たらないとしましたが,最高裁は,実際の審理経過を踏まえ,適正な対価でない譲渡についての承認と評価できるとしています。
この点,鑑定額と比べて低いことで直ちに「適正な対価」でないと評価できるともいえないことについて補足意見で言及されているように,「適正な対価」がいくらかの評価には困難を伴います。原判決のように,「適正な対価」かについての市長や議員の認識表明のみで,議決の有無を事後的に評価することは,実務に困難を強いるもので,本判決のような審理の実質を踏まえた判断は妥当と思われます。

4 自治体への影響
譲渡の対価が適正であるか否かにかかわらず,議会の議決を要する契約の承認にあたっては,その形式に関わらず,「適正な対価」の有無について,議員において資料を踏まえ検討できるようにすることが,事後的に地方自治法237条2項の議決がなく違法とされるリスクを軽減するうえで有効と思われますし,議会のチェック機能という点でも適切と思われます。

もっとも,「適正な対価」であれば議会承認不要な譲渡等については,通常,予算・決算等の審議のみで,特定の譲渡についての十分な審議は困難と思われる以上,適正でない可能性が大きければ,地方自治法237条2項の承認を得ることを検討すべきでしょう。